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エルメスの歴史


1837年ティエリ・エルメス(1801〜1878)が「鞍・ハーネス職人」としてパリのランパーリ通りに馬具工房を構え、後にティエリ・エルメスはナポレオン三世の皇帝御用達の馬具職人になり最高級の馬具工房として広く認知されるようになる。

1878年ティエリ・エルメス逝去後は2代目としてティエリの息子シャルル・エミール・エルメス(1831〜1916)が工房を引き継ぐ事になる。シャルル・エミール・エルメスはパリ万博出品の鞍が金賞を受賞ことをきっかけとして、エルメスの名声をフランスだけでなくヨーロッパ各国の皇族や上流階級の人々に認知させる事となるが1886年ドイツで自動車が発表されると瞬く間に自動車の評判が広がり馬具工房としてのエルメスは苦境に立たされる事になる。

3代目エミール・モーリス・エルメス(1871〜1951)の世代でエルメスは商品の多角化を進めるようになる。馬具工房の伝統技術を使い1890年にエルメス最初の鞄である「サック・オータクロア」の製造が始まった。商品の多角化で事業の成功を収めたエミールだか1929年の世界恐慌、第二次世界大戦と経営危機におちいる。しかしエミールは商品開発の手を休めす事なくこの時期に香水とスカーフを発表する。
1951年エミール・モーリス・エルメスが逝去した後は4代目としてロベール・デュマ・エルメスが就任する。1956年モナコのグレース王妃がエルメスのバッグを抱えた写真を「ライフ」誌が表紙に採用した事でロベールはモナコ王室にこの鞄に王妃の名前を使用出来ないか打診、これが了承された事でケリーバッグが誕生する。

現在のエルメスの当主はジャン・デュマ・エルメス(1938〜)であるが、今ではケリー、バーキンを代表とするバッグからスカーフ、香水、腕時計、ネックレス等、全てにおいて他社と一線を画す高級ブランドとして認知されるようになった。職人による伝統技術の保護を行い、製造過程における品質に妥協を許さない姿勢はこれからも継承されて行くことになるだろう。
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